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東京高等裁判所 平成9年(ネ)5026号 判決 1998年9月22日

主文

一  一審原告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、金二六五〇万円及びこれに対する平成四年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審を通じて、これを六分し、その五を一審被告の、その余を一審原告の負担とする。

四  この判決は、第一項の1に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求める裁判

一  第四八八六号事件

1 一審被告

(一) 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(二) 一審原告の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、第二審とも一審原告の負担とする。

2 一審原告

控訴棄却

二  第五〇二六号事件

1 一審原告

(一) 原判決を次のとおり変更する。

(二) 一審被告は、一審原告に対し、二九一〇万円及びこれに対する平成四年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、第二審とも一審被告の負担とする。

2 一審被告

控訴棄却

第二  事案の概要

本件事案の概要は、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  訴えの適否

一審被告は、宗教上の教義及びこれに係る献金は法律上の争訟に当たらず、本訴は不適法であると主張する。

しかし、宗教上の教義に関する判断が民事訴訟の対象にならないことは当然であるが、宗教上の教義の実践の名において、身体、財産等の他人の法益を侵害することが法律上許される余地はなく、そのような法益の侵害の有無についての判断はまさに法律上の争訟にほかならない。そして、本訴において、一審原告は、一審被告の信者らによる一審原告に対する献金の勧誘行為が、その目的、方法及び結果からみて、社会的に相当な範囲を逸脱し、これが不法行為に当たると主張して、献金相当額の返還と、慰藉料及び弁議士費用の支払を求めているのであるから、これが右にいう法益の侵害を主張するものであることは明らかである。したがって、本訴は法律上の争訟に当たるというべきであり、一審被告の右主張は採用することができない。

二  献金勧誘に至る経緯と勧誘行為及び献金

一審被告の信者らによる一審原告に対する献金勧誘に至る経緯と勧誘行為及び一審原告の献金についての認定は、次のとおり改めるほか、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄の二、三に記載のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決書三〇頁三行目の「原告」を「証人津藤、一審原告(いずれも原審)」に、同頁一二行目の「右講義を受けられず、」を「右講義を受けられる状態でなかったので、餅田から電話を受けた際その旨を告げたにもかかわらず、餅田が一審原告方を訪れ、寝ていた一審原告を起こし、子供とともに横浜フォーラムに連れて行ったところ、やはり一審原告の体調が悪かったので、途中で受講を中止して帰宅したが、帰宅後鈴木が花束を持って一審原告の様子を見に来るということがあり、」に改める。

2 同三一頁三行目の「言われ」の次に「た上、餅田が一審原告宅の晩御飯の支度まで手伝ってくれたことなどから」を加え、同頁九行目冒頭から一〇行目の「伝えられ」までを「餅田ほか三人が、同月二八日、大掃除の手伝いのためということで一審原告方を訪れたが、その際、一審原告は、餅田から、翌日舟木家の先祖の解放祭後献金の話がされる旨伝えられたが、その際餅田自身献金をすることにより自分が生まれ変われてよかったとも言われ」に改める。

3 同三七頁一一行目の「うち一〇一〇万円を餅田に渡し」から同頁一三行目末尾までを「その中から二一〇万円を献金として、残金八〇〇万円を貸付金として餅田に渡し、一審被告横浜教会において祈りが捧げられた後、右金員は一審被告信者である向山某を経て村田に渡されたが、餅田は、同年四月二六日ころ、一審原告に対し、借主鈴木、連帯保証人餅田優と記載した八〇〇万円の右同日付け借用証を交付した。なお、右貸付金八〇〇万円については、その後の一審原告代理人弁護士と一審被告との交渉により返還された(以上について、甲一、二、一三から一五まで、一七、原審証人津藤、同餅田)。」に改め、同一三行目の次に行を改めて、「(四)一審原告は、同年三月からは、中級トレーニングを受けていたが、同月一七日、一審被告横浜教会で議義を受けていた際、同教会を訪れた一審被告の神山威会長から、直接一審原告に対し頑張るよう激励の言葉をかけられた(甲一、一審原告(原審))。」を加える。

4 同三九頁一〇行目の「第一回目の献金は、」の次に「一審原告が一審被告(横浜教会)への入会手続を済ませた後、」を加える。

三  一審原告に対する献金の勧誘行為の評価

1 特定の宗教を信じる者が、当該宗教の教義を広め、更には、当該宗教活動を維持するため、信者に対し任意の献金を求めることは、その方法が法の許容するものである限り、法律上の責任を生じることはない。しかしながら、いたずらに人を不安に陥れ、あるいは畏怖させたうえ、不安な心理状態につけ込んで献金を決意させるなどして、到底自由な意思に基づくとはいえないような態様で献金させることは許されるものではなく、献金者は、不法行為を理由として献金相当額の損害賠償の支払を請求することができると解するのが相当である。

2 本件についてこれをみると、前記認定事実によれば、津藤らによる一審原告に対する前記献金の勧誘行為は、一審被告の信者組織が地区ごとに献金の目標額を定め、献金説得のビデオを作成し、予め周到に一審原告の資産や、一審原告の家系について聞き出し、肉親を次々に亡くし、長男の養育問題に悩んでいた一審原告の心情的な弱点を詳しく調査把握した上で、餅田において、一審原告の相談に乗るなどしてその信頼を得、霊能力の高い者であるとして津藤を一審原告に引き合わせ、横浜フォーラムにおいて、津藤から一審原告に対し、その祖父母、両親実兄らの死亡した原因は祖先の因縁によるものであって、その害悪が一審原告の子供の早死や絶家をもたらす運命にあり、これを救うためには献金をしなければならないと説き、一審原告が津藤の説明に抵抗感を覚えたり、知人からの助言を得て一審被告から遠ざかりかけるや、津藤らは、一審原告に対し、一審被告の真実を見極めるようにと説得に努める一方で、餅田と一審原告との間に形成されてきた信頼関係を利用して横浜フォーラムに通わせ、平成三年一二月二九日には一審原告の実家の丙川家の先祖解放祭を行い、幼少時に覚えた歌を共に歌うなどして気分を高揚させた上で、二一〇〇万円もの高額の献金をすることを一審原告に承諾させ、同月三一日、預金を引き出させて右同額を献金させ、更に平成四年二月二八日、二一〇万円を同様に献金させ、八〇〇万円を一審被告に貸し付けさせているのである。

一審原告が献金するに至るまでの右のような津藤らの行動は、肉親を相次いで失った原因が先祖の罪にあるのであり、それが長男にも及ぶかのように執拗に説くなどして、一審原告をして不安な心理状態に陥れ、一審原告の家系が絶家するかも知れない運命を逃れるためには、すべてを神に捧げることが必要であると思い込ませ、また、一審原告のためにその実家である舟木家の先祖解放祭を実施してその気分を高揚させ、一審被告に対し献金することを決意させるとともに、餅田の働きかけにより一審原告との間に形成された信頼関係を強化し、更に、一審原告が献金する際には、一審原告が自宅を出て、銀行で金銭を引き出し、これを持って一審被告横浜教会に到着するまでの間、信者らが同行して、献金の決意をひるがえさないように心理的拘束を加えて献金式に臨ませるなどして献金を行わせたというもので、それはさながら一審原告の心理を自在に操っているかのようであり、その結果一審原告は前記認定のとおり多額の献金をするに至ったものと認められるのであって、一審原告が少なくとも、献金を決意し、献金式に臨んだ時点においては、到底一審原告がその自発的意思により献金を決意し、これを実行したものとは考えられないものであって、前記のとおり一審被告の信者らが、計画的に、その役割を分担して、一審原告をして、献金をしなければ最愛の肉親の身に重大な危害が及ぶかも知れないと思い込ませて、献金の名の下に多額の金銭を交付させることは、社会的に到底是認し得るものではなく、不法行為を構成するものといわなければならない。

四  一審被告の使用者責任

一審被告の使用者責任についての判断は、次のとおり改めるほか、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄の五に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決書四五頁一三行目の「津藤」から同四六頁六行目末尾までを「一審原告に対する一連の右献金の勧誘行為は、一審被告の信者であり、その信者組織に属する津藤、餅田、鈴木らにより、組織的、計画的に、一審被告の教義の伝導の過程で行われ、一審原告の献金に至る経過の中で行われた重要な儀式である丙川家の先祖解放祭、一審原告の母親の霊界解放祭や二回の献金式は、一審被告の横浜教会において行われているもので、一審原告の献金は一審被告に対してされているものであることなどに照らせば、一審被告の信者による一審原告に対する右献金の勧誘行為は一審被告の教義の実践行為としての宗教活動ないしはそれと密接に関連する布教活動として行われたものとして、一審被告の事業の執行について行われたものであるといわなければならない。また、一審被告の信者らによる右一連の献金の勧誘行為は、一審原告に献金を行わせるまでの間に関与した者、勧誘行為の態様、献金額、献金が一審被告に対してされ、一審被告においてなんらの躊躇もなく高額の献金を受けていること等の事情に照らしてみれば、一審被告の直接又は間接の指揮監督に基づいてされたものと推認するのが相当である。したがって、一審被告は、津藤らによる不法行為について、民法七一五条による責任を負うべきものである。」に改める。

五  一審原告の損害

1 一審原告経済的損害については、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄の六1に記載のとおりであるから、これを引用する。

2 慰藉料

前示のとおり、一審被告の信者らによる一審原告に対する一連の献金勧誘行為は、社会的相当性を逸脱していると評価すべき違法行為というべきであるが、これにより一審原告は、不安心理を不当に増大させられたり、高額の献金を決意させられるなどして、相当の精神的苦痛をも加えられたものと認められ、右の精神的苦痛は、通常の財産権侵害における場合とは異なり、単に一審原告が違法に献金させられた献金相当額の返還を受けただけでは回復することができるものではないと認められる。

しかし、他方において、本件のような事態を招いたのは、当初一審原告が自ら横浜フォーラムに赴き、津藤らの話を聞くことにしたことが重要な契機となっていること等、その他本件に関する諸般の事情を総合勘案すると、一審原告が右違法行為によって被った精神的損害に対する慰藉料は、一〇〇万円とするのが相当である。

3 弁議士費用

原判決書四九頁二行目の「二三〇万円」を「二四〇万円」に改めるほかは、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄の六3に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  結論

以上の次第であるから、一審原告の一審被告に対する請求は、損害賠償金二六五〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成四年三月一日から支払済みまで民法上の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却すべきものである(なお、一審原告は、一審被告の使用者責任(民法七一五条)のほかに、一審被告自身による不法行為に基づく責任(民法七〇九条)をも主張しているが、右は選択的に主張しているものと解されるので、右の民法七〇九条に基づく一審被告自身による不法行為の点については判断しない。)。

よって、右と判断を一部異にする原判決を右の趣旨に従って変更し、一審被告の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年三月一〇日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 裁判官 長 秀之)

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